デス・オーバチュア
第77話「血の海で嗤う者」





「ゲブラーさんもホドさんも亡くなられましたか?」
コクマは椅子に座って読書を続けたまま、部屋に入ってきた者を確認することもなく尋ねる。
「はい、これ以上ない程完全に消滅されました」
部屋に入ったのは両目を閉じた水色の髪の女性……コクマの従者であるアトロポスだった。
本来二人の間に会話は必要ない。
記憶も五感も『共有』している二人は、相手が知った情報を知ろうと思えば、文字通り思うだけで知ることができるのだ。
わざわざ口で報告をしてもらう必要はない。
要は無駄なコミュニケーション……お互いが一つでなかった、別々の個体であった頃の名残だった。
「そういえば、ゲブラーさんには運命の宣告をされていましたね。どういった気まぐれですか?」
これも言葉にせずとも、相手の思考を少し探れば知ることができるのだが、コクマはあえて言葉で尋ねる。
「深い意味などありません。彼の運命……未来(結末)だけが、あまりに簡単に綺麗に視えたので好感が持てただけです。それで、予測される未来の中から好きな未来を選ぶ機会だけでも与えてあげたくなりました」
「フッ、文字通り運命の女神の気まぐれですか」
だが、この女神は幸運の女神ではなく、残酷な運命の女神だった。
「どの未来を選んでもゲブラーさんは破滅だったのでしょう?」
コクマは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「はい。紫の道を選べば屈辱の中で魔女に再び殺され、白の道を選べばあの御方の光速の剣で瞬殺され、黄の道を選べばエアリスに喰われました。まがりなりにも戦いになった緑の道……皇女に倒される未来はおそらく一番幸せな結末だったでしょう」
アトロポスは何の感慨も感じさせず、無感情に答えた。
「倒される未来しかないとは……哀れなものですね」
「一番最初に見えていた未来は、あの御方に切り刻まれる未来、初めて彼に会った時から、彼のこの結末は見えていました。ですが、闇の姫君の介入によりこの未来の発生率が著しく減少し、代わりにお館様がエアリスをこの地に招いたせいで、エアリスに喰われるという可能性が発生しました」
「おやおや、私のせいですか?」
コクマはとても楽しげにクックックッと笑う。
「魔女との再戦は常に存在していた第二候補の未来。皇女との戦闘……いえ、皇女とホドとの戦いの前座……これはもっとも発生率の低かったレアな未来……彼は見事に一番幸せな未来を選び取ったのです。自らの意志……直感で……」
確かに、未来は一つではなかった。
しかし、生き残れる未来は一つとして存在しないというのは、運命とはなんて残酷なのだろう。
その運命の象徴たる女神は、感情の感じられない冷たい美貌で、唯一人の己が主人を見つめていた。
「まあ、ゲブラーさんを使った実験は疾うの昔に終了していますからね。彼が亡くなっても別に構いませんけどね」
「確か、ただ天使核を埋め込むだけではなく、いろいろと『調整』されたのでしたよね?」
「ええ、彼自身の望みも考量して最強の力を追求しました。人間の限界を遙かに超えた腕力、体力、筋肉……とにかく単純な意味での『力』だけを自己崩壊するギリギリまで高めてみました。人間はどこまで強くなれるのか……それが彼の開発コンセプトでした」
コクマは淡々と語る。
彼にとって、ゲブラーもまた研究材料、実験台に過ぎなかった。
データさえ取れれば、後はどうなってもいい使い捨ての存在。
「確かに彼は強くなった。人間の限界を遙かに超え、神や魔にすら純粋な肉体の戦闘能力なら遅れを取らなかったでしょう。ですが……彼はその強さゆえに、どこまでも弱い……」
「弱い? そう言えば、皇女も同じようなことを言っていましたが……」
「ええ、弱いんですよ。もしルーファスさんと戦ったら、一瞬であっさりと倒されます」
「それはあの御方の次元違いの強さ……ゆえにではないのですね?」
「その通り、ルーファスさんは一切特種な力や能力を使う必要がありません。ルーファスさんの『速さ』ならね」
「速さ……なるほど、そういうことなのですか」
アトロポスは理解したようだ。
「ゲブラーさんの欠点は単純明快、バランスの悪さ、パワーだけを無理矢理上げすぎた結果、スピードが犠牲になってしまったということです。どれだけの破壊力があろうと、当たらない攻撃に意味はなく、相手の攻撃を避けられるスピードがなければ倒されるだけ……子供でも解る単純な理屈です」
それでも、並の相手なら、圧倒的なパワーと、無敵ともいえる強靱な肉体でどうとでもなっただろう。
「そもそも、所詮はただの強化人間に過ぎないゲブラーさんが、自然が、血脈が生んだ最高傑作であるガルディア皇族に勝てる道理がありません」
「……確かに、あの強さは別格……その上『スカイバスター(天空の撲滅者)』の所有者……お館様か、アクセルだけでしょうあの皇女の相手が務まるのは……」
アトロポスはアクセルを様付けなどしない、例え彼女の主人が形の上とはいえ従っている相手とはいえ、無駄に敬意を払う気などなかった。
彼女が敬意を払うのは、不変の主人にして永遠の伴侶であるコクマ唯一人だけである。
「さて、次は彼の番ですかね? それとも……」
いずれにしろ、今宵の全ての戦いは彼にとって茶番(ファルス)に過ぎなかった。



七色の門のある場へと繋がる洞窟。
そこが表門であるとすれば、当然、裏門も存在した。
「…………」
もっとも、いつもなら、その裏門すら必要はない。
ファントム十大天使の一人だった彼女には、本拠地の全ての結界の類はフリーパスであり、裏だろうが表だろうが門など通らず転移で出入りできた。
だが、今は事情が違う。
もう彼女はファントム十大天使ではないのだ。
心の上でも、肉体の上でも、完全な別人。
ゆえに、転移による侵入を防ぐ結界は有効となり、彼女は裏門からかっての同胞の巣に足を踏み入れた。


いくら裏門とはいえまったく出迎えが無いのはどういうことだ?
今の自分はもう完全に異端者、異物だと言うのに……。
まだ仲間だと、同志だと思われているのか?
……違う、そうではない。
裏門にまで戦力を割く余裕がないのだ。
「……ゲブラーとホドの気配が無い……滅んだのか。それにマルクトも表門で……気を失っているのか?」
だが、違和感の理由は十大天使が三人も倒されたことよりも、この地から、十大天使以外の全ての『雑魚』の気配が消えていることである。
この地にあるのは、覚えのある侵入者の気配、覚えのない侵入者の気配、そして、残りの十大天使とアクセルの気配……全部合わせても二十前後の気配だけだ。
「……血臭と死臭……?」
それも気が狂いそうになる程の……異常に濃厚な……。
彼女は警戒を強めながらも、歩みを速めた。
そして、辿り着く、静寂の通路を抜け、死臭と血臭の発生源である場所へ。


「よう、何しに戻ってきたんだ、ネツァク?」
「…………」
彼女……ネツァク・ハニエルは、その場の唯一の生者を凝視する。
そう、この死臭と血臭の充満する場には生ある者は目の前のこの男唯一人しかいないのだ。
広大な室内は血の海で満たされ、海の中心には島のように無数の亡骸が積み重なり、男はその上に座り込んでいる。
亡骸の数は数え切れない、最低でも三桁……四桁すら超えているのかもしれなかった。
「……つまり、感じない気配は全てここで肉塊になっていたと言うことか……」
ネツァクの発言に、男はクックックッと笑い出す。
「肉塊は酷いな。まあ、確かに肉片も残さないように殺した奴も居るけど、見ての通り殆どは『綺麗』に殺してるだろう?」
「……問題はそこではないだろう……なぜ、こんなことをした?……答えろ、ラッセル!」
屍の山の上で笑う男の名はラッセルと言った。
漆黒の仮面とレザーコートを身に纏う千面衆の実力者。
アクセル、ホドに次ぐ、千面衆第三位とでもいう立場の男だった。
だが、今のラッセルは仮面もしていなければ、纏っているレザーコートも黒ではなく赤。
「ああ、お前は解るんだな? 俺が誰だか……」
なぜか、ラッセルは嬉しそうに笑った。
仮面もせず、纏う衣装も違う、だが、声も気配も同じなのだから、解るのはそれ程不思議ではないはず……とネツァクは思う。
しかし、ラッセルにとってはそれはまるで特別なことのようだった。
「なあ、ネツァク……お前はアクセルの素顔を見たことがあるか?」
ラッセルは親しげな感じで尋ねてくる。
「……いや、無い。だが、別に素顔などどうでもいいと思っていた……」
「はっ! お前、素顔も解らない奴に良く惚れられたな?」
「……妙な言い方をするな。あくまでアクセルの……ファントムの志に共感しただけだ……だが……」
「だが、違った? 騙されていた? 同志だと思っていたのに……裏切られた?」
ラッセルはネツァクの心を読んだように、先回りして発言した。
「…………」
「ファントムの志? それってなんだったっけ? 普通の人間の社会、国から弾き出された異端者の集まり、それがファントムだったよな?」
「……ああ、そうだ。私達は人間社会の異端だ……完全な人間ではない異能者の集まり……」
「で、目的はなんだったっけ? 人間への復讐? 支配? 異端者だけの理想郷の建国?」
ラッセルは、本気でどれだか解らない、忘れたといった感じである。
「…………」
『この世界が私達を受け入れないのならば、私達がこの世界を手に入れればいい』
あの男……アクセル・ハイエンドは確かに以前自分にそう言った。
つまり、今ラッセルが上げた三つ全てが当て嵌まる。
この世界を自分達異端者の物にする、自分達が支配する、それこそが自分達を弾き出した人間達への復讐となり、同時に自分達が自由に暮らせる理想郷を作るということだ。
大抵のファントムに所属する者はそう考えているはずである。
「だけど、お前は気づいちまったんだろう? そんなものは異端者共を集め、従わせるためのスローガン、キャッチコピーとでも言ったものだってことにな」
「…………」
そのことに気づいたのは、魔術都市レッドでラッセルに、自分が囮にされていたと告げられた時だった。
違和感……それとも急激な納得だろうか。
別に自分はファントム……アクセルの望みが何でも良かった。
復讐でも、支配でも、独立でも……人間を憎悪し、絶望しながら、じゃあ、人間を、人間の社会をどうしたいという明確な目的が自分にはなかったのである。
だから、アクセルの差し出した手を取ることにした。
同じように人間を、今の人間社会を憎む、アクセルに代わりにどうすればいいのか決めてもらえばいい。
アクセルの望みがどれだろうと、自分はついていこう、彼の望みを実現するために力を貸そう……だって、彼は自分と同じ憎しみを持つ……同志なのだから……と。
けれど、それは間違っていたのだ。
最初の、根本の部分で間違がえている。
アクセルには自分と同じ憎しみなどなかったのだ。
「……で、結局、お前は何しに来たんだ、ネツァク? お前の心を裏切ったアクセルを殺りに来たのか? それとも、いまさら正義の味方になるために……地上を守るために来たのか?」
「ラッセル……貴様も気づいて……いや、貴様は私以上のことを……」
「ああ、全部知ってるさ」
ラッセルはニヤリと笑う。
「お前がどこまで知ってるかは知らないが……元々、ハイエンド家ってのはある高位魔族の末裔なんだよ。つまり、俺とアクセルとミーティアは人間というより殆ど魔族なんだよ」
「なにっ!?」
「……あん? まさか知らなかったのか? ていうか今どこの部分で驚いた? 魔族だってことか? 俺がアクセルとミーティアと兄弟ってことの方か?」
「兄弟だと!?」
先程とはまた違った感じで驚くネツァクを見て、ラッセルは一瞬呆れたような表情を浮かべた後、とても愉快そうな笑みを浮かべた。
「なんだ、お前、何も解ってなかったんじゃねえか……じゃあ、いったい、なんでアクセルと決別する気になったんだよ、お前?」
「……水晶柱の使い道だ……」
「ああ、なんだそっちか」
ラッセルは一応納得したといった表情を浮かべる。
「水晶柱の使い道は二つしかない。追放と召喚。中央大陸を六芒星の魔法陣に見立てたこの地上全土を覆う結界は強い魔族……いや、魔属を追放するという最高に単純な……だからこそ絶対的力を持つ特有結界なんだよ。大気の組成……世界そのものを魔の居づらいモノと変貌させるってわけだ」
「…………」
「この結界は頂点である水晶柱をいくつか外すだけで、簡単に崩壊する。魔を拒絶する大気が段々とその力を失っていくわけだが……そんな時間を待たなくても、全部……いや、過半数の水晶柱を奪うことができれば話は変わってくる……」
「力の反転……召喚……」
「ああ、その通りだ。拒絶する力の流れを招く流れに反転させる……これなら一瞬で結界が崩壊するだけでなく、魔に属する者にとって異常に居心地の良い世界に早変わりだ。つまり、ハイエンド家の長年の悲願ってのは……」
「……地上と魔界を繋げること……」
「正解だ。繋げるっていうより、地上も魔界と同じにしちまうってのがより正確か? 先祖の故郷である魔界に帰りたいんだか、魔族達を招きたいんだか……いずれにしろ、結界の反転が成功すれば、今の人間社会の秩序は完全に崩壊する……て考えれば、人間への復讐ってスローガンだけは満更嘘でもないか?」
「……それは異端者の救済でも何でもない……ただの破滅を望むことだ……」
魔族は、異端者達の味方でも救世主でもないのだ。
人間達と一緒に滅ぼされるか、支配されるのオチである。
「現在の秩序の完全破壊……それともただの破滅願望か……いずれにしろ、アクセルのやろうとしていることは地上を魔族に明け渡す……それ以下でもそれ以上でもない馬鹿げた行為だ。それを知ってついてくる奴はまずいないだろうな……だから、お前も見限ったんだろう?」
「…………」
ネツァクは肯定も否定もしなかった。
「……やはり、アクセルに会わなければならない……」
ネツァクは血の海の上を歩き出す。
「殺るために? それとも問いつめて確かめないと納得ができないか?」
からかうようなラッセルの声を無視して、ネツァクは血の海の上を進んだ。
「おい、俺がなぜこんな血の池地獄を作ったのか、聞かなくていいのか?」
「……別にいい。これ以上、貴様と話している暇はなくなった……」
「……けっ、そんなに速くアクセルに会いたいかよ?」
「……ラッセル、性格が少し変わったか? 前より品がなくなった?」
「かもな……だが、こっちが本当の俺だ。千面衆……アクセルの影を演じることを辞めたラッセル・ハイエンドの姿だ!」
ラッセルはゆっくりと立ち上がる。
「コクマの奴が言うには、どういう展開、結末になろうが、ファントムは今日で終わるらしい。だから、いらない奴らは全員俺が殺してやった」
ラッセルは事も無げに言った。
「……千面衆……自分の部下もか?」
「例外は無い。十大天使以外の全員、俺が殺してやった。なあに、どうせファントムが崩壊したら、アクセルが居なくなったら、一人で生きていけないような屑共だ。どうせ生きていけないなら、俺の贄になった方が余程有意義だ」
「……贄だと?」
「だが、やはり雑魚は駄目だ。何百、何千喰らっても、精気や魔力が補充されるだけで、全然新しい強さが得られねえ!」
ネツァクは、ゆっくりとした歩みで自分に近寄ってくるラッセルの姿を凝視する。
「……コクマに魂と体を売ったか? そうまでして強くなりたいのか? ゲブラーも貴様も……愚かだ」
ネツァクの紫の瞳は、ラッセルの全てを見透かしているようだった。
「魂だあ? 影に過ぎない俺に何の誇りがある? 自らの体をあの堕天使に差し出してでも……俺は……俺の存在を世界に知らしめてやる!」
ラッセルの影の中から一振りの剣が出現する。
いや、それは剣と呼ぶにはあまりに異端だった。
例えるなら青銅でできた鋸(ノコギリ)……しかも刃が独りでに振動するように蠢き、激しく耳障りな音を喚き続けている。
「……なんだ、それは?……やかましい……」
「コクマが言うには、こいつには銘などないそうだ。ただ解っているのは一撃で『神』すら切り裂いたというその破壊力だけ……」
「たかが青銅でできた鋸が……ハッタリを言ってくれる……」
「なら、その体で試してみなっ!」
ラッセルは青銅の鋸の柄を掴むと同時に、ネツァクに飛びかかった。



「……最古のチェンソーか……まったく、くだらない物を収集してやがる……」
何もない闇の空間の中にルーファスは居た。
周囲には様々な『映像』が浮かんでいる。
その映像の中の一つが、ネツァクとラッセルの戦う姿だった。
「あれは確か、一時期、貴方様が所有されておられましたね……御主人様?」
ルーファスの三歩後ろに控えているのは闇の姫君。
闇の姫君……Dは、ルーファスをこの闇の領域に閉じ込めた張本人でありながら、従者のようにルーファスの背後に控えていた。
「あれは大味過ぎて面白くないんだよ。宇宙を断つ鋸? ああ、確かにそれだけの力があれにはある……だが、あれには剣としての鋭さも破壊力も美しさも何も無い。あれは厳密には武器ですらない、ただ宇宙……世界と世界を切り分けるための作業道具……回転する鋸さ」
ルーファスは吐き捨てるように言う。
Dには主人がなぜ、あの剣を忌み嫌うのか解っていた。
主人が収集したり、自ら作るのはあくまで武器である。
あれは剣どころか、武器としてすら認められない、宇宙……無限の世界を切り分け、整理するためだけに存在する道具だ。
そんな物を武器として扱うこと自体不愉快なのである。
「だから、『神』を切り裂くと同時に壊れた時、そのまま捨ててきたのに……あの馬鹿が再生したのか、長い時間をかけて勝手に再生したのか……どちらにしろ目障りだ」
そう、主人は唯一度だけ武器としてあれを使った。
戯れで、ある世界で人間をされていた際、人間の勇者としてその世界の『神』を殺す際に使用したのである。
チェンソーは一撃で神を切断した際、自らも自壊したはずだった。
「……てわけだ、D。お前につき合うのはこれまでだ」
「…………」
どれだけ長い時を共に凄そうと、やはり主人の優先基準は解りにくい。
おそらく今の主人にとって……認めたくないが……もっとも大切な存在と思われる少女が魔導機に襲われていた際も、無理にここから脱出し助けに行こうとはしなかったくせに、気に入らないかっての所有物を破壊するためなら、その無理を行おうというのだ。
「……御主人様、あれの始末は新しき魔王にお任せになったらいかがでしょう? もうすぐクリアとファントムの殺し合いが複数同時に始まります。もう御観戦されないのですか?」
ここは主人のために用意した、ファントムの最後という喜劇のVIP席。
主人には観客で居ていただかないと困るのだ。
主人も自分も強すぎて、この喜劇に直接参加するわけにはいかない。
圧倒的で絶対的な力を持つ主人公が、群がる敵を塵のように蹴散らす……そんな物語など面白くもなんともない。
弱く不完全な主人公達が、努力や機転を利かせ、死闘の果てに巨大な敵を倒す……物語とは本来そういった物であるべきだ。
「……ふん、いいだろう。もうすぐタナトスの二回戦だしな」
ルーファスはまだ不機嫌な表情のままだが、視線をネツァクとラッセルの映像から、通路を駆けるタナトスの映像に移す。
Dは主人とは違い、黄金の海が映し出されている映像に視線を向けた。
黄金の海の前に、海と同じ色の髪をした美女が到着する。
黄金の髪の少女はしばらく海に向かって何事か語りかけた後、迷わず海の中へ飛び込んだ。
「…………」
Dは確信する、これから始まる喜劇は自分にとってはあまり楽しめるものでは無さそうだと。
喜劇とは他人事だからこそ楽しいのだ。
あの双子……とくに蒼い髪の美女の喜劇は……自分には正視するのが辛い。
彼女を道化と呼ぶなら……自分もまたいつ同じような道化に陥るかしれなかったからだ。
いや、それとも、自分もまたすでに道化なのかもしれない。
「……愛憎……これ以上の喜劇、茶番は存在しない……」
ゆえに、この目で見届けよう、自分と同じ愚かさを持つ者の結末を……。







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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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